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2017年4月17日月曜日

[Prog] アラン・ホールズワース、70歳で死去

アラン・ホールズワース、70歳で死去

U.K.、SOFT MACHINE、GONG、ジャン=リュック・ポンティと演奏した革新的なギタリストが急死

ジェリー・ウィング(2017年4月16日)




U.K.、SOFT MACHINE、GONG、ジャン=リュック・ポンティと演奏した革新的なギタリストが急死した。70歳だった。

このニュースは、今晩早くに娘のルイーズによって、フェースブックで公表された。短いステートメントで、ルイーズは次のように述べている。「お伝えするのは心が重いのですが、愛する父が亡くなったことを皆さんにお伝えします。父、祖父、友人、そして音楽の天才の死を悼む間、プライバシーと時間を与えて頂ければ幸いです。親しい皆さんや家族には、葬式の手配が済み次第ご連絡します。また一般の皆様にはどなたでもおいで頂ける追悼会について改めてお知らせします。私たちは父の急死にまだショックを受けており、自分たちが感じております悲しみを言葉にすることができません。父がいなくなってとても悲しいです。ルイーズ、サム、エミリー&ローリー」

ホールズワースは、1969年に唯一作、「Igginbottom's Wrench」をリリースしたプログレ・バンド、IGGINBOTTOMで知られるようになった。初期のプログレ・バンド、NUCLEUS、そしてTEMPESTで演奏後、アランは、SOFT MACHINE、TONY WILLIAMS' LIFETIME、GONG、ジャン=リュック・ポンティ、そしてビル・ブルフォードと活動した。アランは、ブルフォード、ジョン・ウェットン、そしてエディー・ジョブソンと共にプログレ・バンド、U.K.のオリジナル・メンバーとなったが、1978年のデビュー・アルバムの後でバンドを離れている。

1976年に「Velvet Darkness」がリリースされたが、ホールズワースはこれを正式なリリースと認めていないため、1982年の「I.O.U.」が彼がアランの見るファースト・ソロである。彼のソロ活動は、先日ボックス・セット「The Man Who Changed Guitar Forever」、それにコンピレーション・ベスト、「Eidolon: The Allan Holdsworth Collection」にまとめられており、いずれもManifesto Recordsからリリースされた。ギタリストとして、エディー・ヴァン・ヘイレン、ジョー・サトリアーニ、アレックス・ライフソン、ジョン・ペトルッチなどが影響を受けたとしており、MAHAVISHNU ORCHESTRAのギタリスト、ジョン・マクラフリンはかつて「アランがやっていることのすべてを盗みたいが、それは彼が何をしているのかが分かりさえすればの話だ」と述べている。

ホールズワースは、新しいソロ・アルバムに取り組んでいるところだった。

▼元記事
Allan Holdsworth Dead At 70




2017年2月2日木曜日

[Facebook] RFの日記 - 2017年1月31日

RFの日記 - 2017年1月31日

KING CRIMSON(2017年2月1日)




ブレドンボロー
20時06分

01時38分頃に目が覚めて、二、三時間寝られなくなる。ジョンが頭から離れなかった。昨日の午後、リーザと話した。彼女は現状を教え続けてくれている。ありがとう。

どこなのか分からない「夜の世界」シリーズの冒険から09時00分に起き、08時49分付けのリーザ・ウェットンからの電子メールを受け取る。ジョン……は、苦しまずにとても静かに亡くなった。このことはせめてありがたい。過去12年、ジョンのマネージャー、マーティン・ダーヴィルが連絡を取ってきて、話をする。ジョンは05時25分に旅立った。

二人の十代の学生、そして地元の演奏家として、ジョンは、1965年のボーンマス・カレッジ時代から、ほぼ42年に渡る友人だった。私たちは、ロンドンで初期のプロ生活でも連絡を取り続け、たまに話をして、それからデヴィッド・クロス、ジェイミー・ミューア、そしてビリー・Bと共に、ジョンは1972~74年KING CRIMSONに加わった。JWは、私にとって、彼の世代のトップ・ベース・プレイヤーであり、国際クラスのプレイヤーであり、それからシンガー、そしてソングライターとしてどんどん前に出るようになった。ASIAのデビュー・アルバムは、1982年、世界で一番売れた。私たちは親友同士として付き合い続け、ジョンが1992年にLAに住んでいる時には一緒に仕事をし、'90年代にジョンがボーンマスに戻ってきてからは、コーヒーとケーキのためにしょっちゅう会うようになった。

最後の10年、JWはそのアルコール中毒と戦い、率直にこれを語ることで、勇気があり、賞賛に値する人物として、私のヒーローになった(http://www.classicrockrevisited.com/show_interview.php?id=153)あまり良くない時代に、それから良い時代にジョンを訪ね、私たちは過去30年よりももっと親しくなった。ジョンの会話は素敵なほどはっきりしていて、正直で、積極的で、勇気づけられた。そしてそれからリーザ。万歳! 私の友人を幸せな男にしてくれてありがとう。私たちの最後のやりとり……

I
2016年9月13日(火)11:01
RF>ジョン・ウェットン
主題:Re: wasson my mushy!
親愛なるJW、
東ベルリンからプラハへ向かうバスに乗っている。
そして君のいぶし銀のヴォーカルと激しいベースによる"Fallen Angel"を聴いているよ!
あの若者たちは、ここで何かを伝えたと思う。
KCの最初の45年には、幸せな記憶という意味ではあまりない。
だが満足という意味ならものすごくある。
あまりに大変で、プレッシャーが厳しく、いつも大きすぎた。
でも1973年から74年の私たちが一緒にいた時には決してノスタルジーではない何かがあり、君はたぶんそのことについて今話し合える唯一の人物だろう。
そして私たちは前に進む、この12月のツアーが終わったら、君の所にクリスマスの訪問をできたらと思っている。
その間、愛しているよ!
xxx ロバート

II
2016年9月13日(火) 14:22
JW>RF
最も親愛なるロベルトへ

12月に会うのを楽しみにしている。実際、昨晩見た夢の中で君ははっきりと見えたので、今朝考えたことの先頭に立っていた—心霊的なつながりというのは何とも奇妙に働くものだ。

旅は、旅をすること自体から楽しみを生み出すと思う。特にバスの場合は—だがプラハは尋常でなく美しい町だ。ビールを飲んだ旅行者とヘン・ナイトのギャングたちを避けられれば、だが。

よろしく—愛してるよ、ロベルト!

Jw

III
2016年9月13日(火) 14:27
RF>JW
JW - そうだな! ボーイズは夜の世界の冒険に出かけたよ

xxx ロベルト

IV
2016年9月30日(水) 23:51
RF>JW
やあ! JW -
ウィーンにいる。
そして昨日の晩、君の夢を見た。
君は私にたずねてくるように言っていた。
これは君に電子メールを送る前で、君を訪問するのをどうしようかと思っている。
12月15日(木)の午後早くの都合はどうだろうか?
君が3週間ぶりに家に帰れたと知ってとてもうれしい。

xxx ロベルト

V
2016年12月1日(木) 11:36
JW>RF
それはばっちりだ、R—ああ、数週間、敗血症で病院に戻っていたんだが、3週間家にいる。リーザと私は火曜日に結婚した。二人はとても幸せだし、15日に君に会うのを楽しみにしている。君のKCのスケジュールをチェックして、今後それまでは、私自身の夜の冒険がどこに私を連れて行ってくれるのかを確かめよう!

愛を込めて jx

VI
2016年12月15日(木) 19:23
JW>RF
今日の午後、幸せで健康な君に会えて本当に嬉しかったよ、ロベルト。

次にいつダーゼットにいるのかを教えてくれ。時間があったら、君の素晴らしい新しいカメラで撮影した2/3のセルフィーの写真を何枚か送ってくれ。そして自分を大切に。

Xxxxj

I

II

III

IV


あるいは、奇妙で不確実な時代へとどんどん入っていくために、善意の未来を可能にし、これを支えるべく、過去12ヶ月の間、チームの多くの素晴らしいメンバーたちはルートを変更され、新しいギグ、新しいツアー、そして仕事の山に送られてきたのだろうか?

さあ、先へ進もう。より高く!

▼元記事
RF's diary - January 31, 2017


2017年1月31日火曜日

[Demons Zone] KING CRIMSONのジョン・ウェットン死去

KING CRIMSONのジョン・ウェットン死去

スティーヴン・ローニー(2017年1月31日)




何よりもKING CRIMSONそしてASIAの声、そしてベース・プレイヤーとして多くの人々に知られているジョン・ウェットンが亡くなった。悲しいかな、ジョンはガンとの戦いのあとで去った。

67歳だった。

Original ASIAツイッター
偶像的なシンガー、ジョン・ウェットンが今朝、眠っている間に亡くなったことを残念ながらお伝えします。

安らかに眠れ、ジョン

1949年6月12日 - 2017年1月31日

ASIAのジョン・ウェットンの死去についてのカール・パーマーのステートメント

親友で音楽の協力者だったジョン・ウェットンの死により、世界はまた音楽の巨人を一人失った。ジョンは、現在のポップ音楽において、最も長く残るメロディーと歌詞をいくつか創造した優しい人物だった。ミュージシャンとして、彼は勇敢で革新的であり、ASIAの音楽を世界中のチャートのトップへと導いた声を持っていた。彼のアルコール中毒に対する勝利は、同じ戦いに従事している多くにとってインスピレーションとなった。彼を良く知り、一緒に仕事をしたことがある者にとっては、そのガンに対する勇壮な戦いは、さらなるインスピレーションとなった。彼の才能、ユーモアのセンス、そして人にうつる微笑を失ったことを寂しく思うだろう。楽しい旅を、古き友よ。

カール・パーマー

ジェフリー・ダウンズ ツイッター
皆さんへ、私の親友であり、バンドメイトであり、共同作曲家であるジョン・ウェットンが亡くなったというとても悲しいニュースをお伝えしなければならないことが残念でたまりません。

Jackko M. Jakszyk フェースブック

なんてことだ! ジョン・ウェットンが亡くなったという知らせを受け、本当に心から悲しい。彼を友と呼べたことを誇りに思う。JWへ愛を込めて。

本当にジョン・ウェットンが亡くなったと聞いて悲しい。言うまでもなく、彼は過去も現在も大きな影響を与えてくれたが、誇りに思えるのは、友とも呼べたことだ。彼は一緒にいて楽しく、優しい人物だった。私は一緒にスティーヴ・ハケットのショーで二人で話したこと、どれだけ笑わせてくれたか、そして昨年の8月に一緒に過ごして、君がこのセルフィーを撮ろうと主張した午後を大切に思い出すだろう。

RIP ジョン・ウェットン このビジネスで出会った最も素晴らしい人物の一人へ。

マット・シナー

ジョン・ミッチェル フェースブック
本当に大切な友人の死に心やぶれる思いだ。ジョン・ウェットンは、音楽的にも個人的にも私にとって素晴らしいインスピレーションのもとであり、いろいろな意味で父、そしてメンターのような存在だった。

ジョン、また一緒に映画を見に行って、ヴィズの何か馬鹿げたことについて笑い、お互いのいるところで何かコードを引くことがもうないと思うと本当に悲しい。心から大好きだったよ。ごめん、これから出かけて、ずっと泣いてるわ。

▼元記事
John Wetton of King Crimson has died


2017年1月9日月曜日

[The Guardian] 心配するな:メタル・ハマーが廃刊から救われた

心配するな:メタル・ハマーが廃刊から救われた

フューチャー・パブリシングスが、30年の歴史を持つメタル・ハマーを含む、チーム・ロックのクラシック誌、ウェブサイト、それにイベントを80万ポンドで購入

[キャプション]
このヘビー・メタル・ファンは、メタル・ハマー誌が救われたというニュースでたぶん喜んでいるだろう

マーク・スイーニー(2016年1月8日)



30年の歴史を持つメタル・ハマー誌、それにその仲間のクラシック・ロックとプログは、ギタリスト、トータル・フィルム、それにT3を含むタイトルの所有者であるフューチャー・パブリシングスにより、廃刊から救われ、継続することになった。

ゴールデン・ゴッズ・アワーズとクラシック・ロック・アワーズと共に、このような雑誌は、自己スタイルの「ロックとメタルのホーム」を自認してきた所有者のチーム・ロックが12月に財産管理に陥ってから、出版が中断し、廃刊の危機にあった。

クリスマス直前に解雇手当もなく70人以上のスタッフが失業したというこのニュースにより、英国のバンド、ORANGE GOBLINは、Just Givingでの募金活動を開始し、7万ポンド以上の資金を集めた。

バンドはまた、1月5日にロンドン、カムデンのブラック・ハートで、資金集めのギグを行っている。

デジタル、イベントおよび雑誌の上場会社であるフューチャー・パブリシングスは、チーム・ロックの雑誌、イベントおよびチーム・ロックのデジタル・ラジオ・サービスに関する、80万ポンドの格安の契約を結んだ。

2013年にタイトルを1,020万ポンドでチーム・ロックに販売したのは、トータル・ギタリスト、ギタリスト、リズムの各誌、それにオンライン・サイト・ミュージックレーダーを含むタイトルを所有するフューチャーだった。

「このようなクラシック・ロック・ブランドを関連誌、イベント、それにウェブサイトと共に買い付けたことは、私たちの購買・育成の戦略をさらに進めるものです」と、フューチャーのチーフ・エグゼクティブ、ジラー・ビング・ソーンは語っている。

「このことにより、多彩な売上の流れを通じて金銭化している、データを中核とする、世界をリードする専門メディア・プラットフォームの創造がさらに強化されます。私たちは、このような象徴的で、愛されているブランドをさらに発展させ、世界中の献身的なファンのコミュニティーにサービスを提供し続けることを期待しています」

「フェイスを守護する」を小見出しとするメタル・ハマー誌は、1986年に創刊され、2015年に最後に正式に監査された数字では1ヶ月あたり約20,000部を販売している。

1998年創刊のクラシック・ロック誌は、2015年に1号当たり平均51,000部を販売し、プログ誌は2009年に創刊され、プログレッシヴ・ロックを取り扱っており、これまでのところ監査された数字は公表していない。

5月にフューチャーは、アコースティック、バス・ドラマー、それにアイドラムの各誌を含め、ロンドン・ドラム・ショー、ロンドン・ベース・ギター・ショーといったイベントの親会社であるブレイズを買収した。

管財人のFRPアドバイザリーが取り扱っているチーム・ロック社のビジネスの過渡期においては、一握りのスタッフしか職が保証されていないが、進行中の交渉を通じて、フューチャーにより多くが移ることができるかも知れない。

影響を受けたスタッフを助けようという呼びかけは、AVENGED SEVENFOLD、BLACK STONE CHERRY、ASKING ALEXANDRA、そしてTESSERACTのようなミュージシャンからの寄付、それに影響を受けたスタッフのために基金を募るためのオークションを行ったフランク・ターナーを含め、世界中のロック・ファンの支援を集めた。

最近、フューチャーは、3,500万ポンド近い売上損失をなくすために500人近いスタッフを解雇し、その最大の雑誌ブランド、デジタル、そしてイベントに集中する新しい戦略を実施している。

6月に、フューチャーは、オール・アバウト・ヒストリー、デジタル・フォトグラファー、それにワールド・オブ・アニマルズの所有者である、イマジン・パブリシングを1,420万ポンドで買収した。

2014年にフューチャーは、工芸および自転車についてのタイトル17誌を、ラジオ・タイムズやトップ・ギアの出版社であるイメディエート・メディアに2,400万ポンドで売却している。

▼元記事
No need to fret: Metal Hammer magazine saved from closure


2016年12月21日水曜日

[Mariskal Rock] 今週のカレンダー(12月19日〜25日)

今週のカレンダー(12月19日〜25日)

(2016年12月19日)

[スペイン語からの重訳です]




レミー・キルミスター、フランク・ザッパ、ジミー・ベイン、ロキーロ、ピーター・クリス、アルヴィン・リー……また一週間、俺たちはロックとメタルのあらゆるハイライト(誕生日、死、再発)などをまとめた。

12月19日

アルヴィン・リー(TEN YEARS AFTER)、ロック史上、最も傑出したバンドの一つのギタリストは、1944年のこの日に生まれた。スペインのマルベラでわずか3年前に亡くなっている。

スコットランド人のベーシスト、ジミー・ベイン(RAINBOW、DIO)は、1947年のこの日に生まれた。2016年1月23日に、肺がんでこの世を去った。

12月20日

ピーター・クリス(元KISS)、バンドのキャットマンは、71歳になる。

プロデューサー、そしてサウンド・エンジニア(PINK FLOYDをプロデュースし、アップルでTHE BEATLESの神秘的な演奏のエンジニアを務めた)アラン・パーソンズ(ALAN PARSONS PROJECT)は、68歳になる。

もう存在しないバンドのシンガー、クリス・ロビンソン(THE BLACK CROWES)は50歳に達する。

ジョー・ウォルシュが1975年のこの日、THE EAGLESに加入した。

アイドルで日本のボーカリスト、スゥメタル(BABYMETAL)が19歳になる。

12月21日

権威あるギタリストで音の実験者だったフランク・ザッパは1940年の今日生まれた。52歳で1993年12月4日に亡くなっている。

俺たちの国内から生まれた史上最高のギタリストの一人であるパコ・デ・ルシアは1947年12月21日に生まれた。2年前に66歳で亡くなっている。

俺たちの国のロックの重要人物であり、ロキーロとして知られるホセ・マリア・サンス・ベルトランは56歳になる。

シンガーのブレット・スカリオンズ(FUEL)が45歳になる。

最も偉大なブルース・ギタリストの一人であるアルバート・キングは、1992年の今日、69歳で亡くなった。

SPOONやALARMA!!!のような歴史的コンボのマノロ・テーナは1951年の今日生まれた。肝臓癌で2016年4月4日に亡くなっている。

12月22日

バンドのリーダーで、最近ロックの殿堂入りしたリック・ニールセン(CHEAP TRICK)が68歳になる。5本のネックがあるギターで演奏したことがあるのを知ってるか?

ギタリストで作詞家のリチャード(リッチー)ジェイムズ・ハワード(MANIC STREET PREACHERS)は1967年12月22日生まれだ。1995年以降、彼は失踪し、2008年11月に死んだと考えられていたが、インドやランザローテ(スペイン)のような場所で目撃されたとして、まだ生きていると考えている者も多い。

バンドの共同創設者でシンガーのジョー・ストラマー(THE CLASH)は、50歳で2002年の今日亡くなった。

THE BEATLESの"With a Little Help From My Friends"のカバーで世界的に知られる英国人シンガー、ジョー・コッカーは70歳で2年前にこの世を去った。

THE BEACH BOYSの軸であるブライアン・ウィルソンは1964年に、フライト中に神経症が再発した。このできごとによって、数年間引きこもりになり、バンドとのライブ演奏を停止した。

フランク・ザッパ、デヴィッド・ボウイ、そしてTALKING HEADSとステージを共に下エイドリアン・ブリュー(元KING CRIMSON)が68歳になる。

スティーヴ・ハリスと共に、バンドの結成以来、すべての編成に参加しているデイヴ・マレイ(IRON MAIDEN)が60歳になる。

ギタリストのイオス・エスポジート(ESKORBUTO)は1960年の今日生まれた。AIDSで31年前(1992年)に亡くなっている。

PEARL JAMのシンガー、エディ・ヴェダーが52歳になる。

12月24日

ロックの永遠の伝説であるレミー・キルミスター(MOTORHEAD)は、1945年の今日生まれた。ガンによる合併症が原因で2015年12月28日に突然亡くなっている。

オランダ人ギタリスト、ヤン・アッカーマン(元FOCUS)が70歳になる。

バイキング・メタル・バンド、ENSLAVEDのボーカリスト兼ベーシストのグルトレ・シェルソンが43歳になる。

キーボード奏者でありシンガーでもあるダレン・ワートン(元THIN LIZZY、DARE)は、54歳になる。

12月25日

ブルース・シンガーのジョニー・エースは1954年の今日、事故死した。レボルバーをいじっていたこのシンガーは、頭を撃って即死した。テキサス州ヒューストンのコンサートの間の休憩時間でのできごとだった。一部のロック歴史家は、この事故はロシアン・ルーレットをやっている間のことで、ロックの初の死者であるとしている。

ベーシストのノエル・レディング(JIMI HENDRIX EXPERIENCE)は、1945年の今日生まれた。彼は2003年に57歳で亡くなっている。

メキシカン・ロックの発展の功労者、ロドリーゴ・ゴンザレスは1950年に生まれた。1985年に34歳で亡くなった。

ものすごい履歴で知られるジョッシュ・フリース(THE VANDALS、DEVO、元GUNS N' ROSES、元NIN...)は、44歳になる。

フィンランドのグループ、NIGHTWISHのリーダー、ツォーマス・ホロパイネンが40歳になる。

▼元記事
Efemérides de la semana: 19/12 – 25/12


2016年12月8日木曜日

[Prog] EMERSON, LAKE & PALMERのグレッグ・レイクがガンとの戦いの後に69歳で死去

EMERSON, LAKE & PALMERのグレッグ・レイクがガンとの戦いの後に69歳で死去

スコット・ムンロー(2016年12月8日)

このニュースはEMERSON, LAKE & PALMERの長年に渡るマネージャー、スチュワート・ヤングにより、レイクの公式ツイッターで確認された。

ステートメントによれば、「昨日、12月7日、私は長く、厳しいガンとの戦いに、親友を失った」とある。

「グレッグは、これまでと同様に、私の心の中に永遠にいるだろう。この悲しみの時に、彼の家族はそっとしておいてもらいたいと望んでいる」

YESのキーボード奏者、ジェフ・ダウンズもこのニュースに反応し、「グレッグ・レイクについてとても悲しい。いくつかのプロジェクトで共演する栄誉を得た。彼の偉大な才能は、皆が惜しむだろう」と語っている。

「また一人天才が亡くなった。2016年は音楽の歴史上、悲惨な年だ」

レイクは1947年11月10日に生まれ、KING CRIMSONのオリジナル・ラインナップの一員として、1969年のデビュー・アルバム、「In The Court Of The Crimson King」それにセカンド・アルバムの「In The Wake Of Poseidon」に参加している。

THE NICEのキーボード奏者、キース・エマーソンと友情を深め、この二人は手を組み、カール・パーマーをリクルートして、プログレのスーパー・グループ、EMERSON, LAKE & PALMERを結成した。

この影響力のあるトリオは、1970年から1994年の間に9枚のスタジオ・アルバムをリリースすることになった。

このニュースは、レイクのバンドメイト、キース・エマーソンが、今年前半に、頭を銃で撃ってなくなったのちに届いた。

▼元記事
Emerson, Lake & Palmer’s Greg Lake has died at the age of 69 after a battle with cancer


2016年5月23日月曜日

[プログレ] CAMELライブ・レポート(独自記事)

CAMELライブ・レポート(独自記事)

CAMELが16年ぶりの来日ということで見てきました。実は最初の日本公演である1979年 Breathless Tour(ブレスレス・ツアー)(Japan Tour '79)で見て以来、僕にとっては実に37年ぶり!のCAMEL。ちなみにその時はアンドリュー・ラティマー(ギター、ヴォーカル、フルート)、アンディ・ウォード(ドラムス)、リチャード・シンクレア(ベース)、メル・コリンズ(サックス、フルート)、デイヴ・シンクレア(キーボード)、ヤン・シェルハース(キーボード)という編成で、当時は来日など考えられなかったCARAVANを見に行ったような感じでした。(後年HATFIELD AND THE NORTHも来日したもんねえ。)

今回はアンドリュー(以下「アンディ」)、コリン・バース(ベース、ヴォーカル)、デニス・クレメント(ドラムス)、それにピート・ジョーンズ(キーボード、ヴォーカル)という4人編成。最近のバンドはサポート・ミュージシャンを連れてくることも少なからずあるので、メンバーこそ違えどオリジナル・バンドと同じ編成というのはある意味すごく新鮮でした。

会場は六本木のThe EXという自分も初めて行く箱で、今月やった他のバンドを見るとSILENT SIRENとかDOLL ELEMENTSとかだから、久しぶりのCAMELというのを考えるとちょっと小さい感じはしましたが、その分だけバンドとの距離が近く感じられるライヴでもありました。ちなみに前から6列目で、目の前にアンディがいる感じ。

選曲はベスト・オブという感じで、「Breathless」を除き、「Stationary Traveller」で一度解散する前のアルバムから満遍なく演奏したという印象です。簡単に各曲について触れると、オープニングはファースト・アルバムの"Never Let Go"で、ヴォーカルはピート・ジョーンズ(若手のTIGER MOTH TALESのメンバー)がヴォーカルをとったんですが、これがまた美声でびっくり。彼は視覚障害があるので、ずっと座ってのプレイですが、楽器の持ち替えを含め、健常者と変わらないような素晴らしい演奏を聞かせてくれました。

次は「Mirage」の"White Rider"で、こちらはかなりヘヴィーな演奏。続いて、個人的には最初の山、"Song Within A Song"が演奏されました。アンディはフルートも吹き、あの懐かしい雰囲気が戻ってきました。この曲はやっぱり中間部のゆったりとしたギターとベースのユニゾンが美しく、40年前にタイムスリップしたような気がしました。

続いて「Rain Dances」からの"Unevensong"をはさんで、「The Snow Goose」からメドレーで3曲。後半になるほど熱がこもってきて、このへんからエンジンがいよいよかかってきた感じ。さらに「Moon Madness」から3曲。"Spirit of the Water"はコリンのヴォーカルにアンディのリコーダーがメイン。"Air Born"はやはり名曲としかいいようがない。そして前半のハイライトが"Luna Sea"、泣くようなアンディのギター、ピーター・バーデンスを蘇らせたようなピートのキーボード・ワーク、そして後半のアンディの泣きのギター・ソロとコリンのベースとのユニゾン。これ1曲だけでも来た甲斐があるというもの。

「Nude」はリリース当時はピンとこなかったアルバムなんですが、先日ゆえあって、「Nude」から'00年代のライヴ盤まで全部聴き直してみたんだけど、良くできているアルバムだと思いました。中でも"Drafted"はやっぱり美しくて、前曲との対比も良かった。さらに「I Can See Your House From Here"から"Ice"。個人的にはいかにもキット・ワトキンスというキーボード・ワークをフィーチャーした"Hymn to Her"の方が好きなんだけど、こちらはステージだと泣きまくりのアンディのギターがより効果的に響く。英国の哀愁ですね。

続いて、「怒りの葡萄」を題材にした、'90年代への復活作であった「Dust and Dreams」から"Mother Road"と"Hopeless Anger"。このアルバムもこの間聴き直したところで、きちんとしたプログレ作として仕上がっているのも魅力。'90年代以降はアンディのルーツであるブルースがよりはっきりと前面に出るようになっていて、この2曲でもブルージーな泣きのプレイが次々と襲ってくる感じ。今回のライヴで一番ノリが良かったと思います。

本編の最後は、この曲をクリス・レインボウとギー・ルブランに捧げるという一言があってちょっとうるっときました。ギーにはもう15年以上前に一度会ったことがあるんですね。それで意気投合して2時間ぐらい話してた記憶があります。自分よりも若いギーが54歳の若さで亡くなり、どうにも諸行無常を感じざるを得ないです。なので、"Long Goodbyes"は、今回聴いた中で一番染みた個人的なハイライトになりました。歌詞も覚えているんで歌いっぱなし。アンディのギターも感動的なくらい泣きまくって、ああこれがプログレだよなあと思いました。アンコールは「Mirage」からお約束の"Lady Fantasy"。

一期一会ツアーということだけど、どうやらまた来てくれそうだなと思いました。


2016年4月27日水曜日

[Team Rock] トレバー・ホーンが英国の2ショーでYESと合流

トレバー・ホーンが英国の2ショーでYESと合流

スコット・ムンロー(2016年4月26日)

トレバー・ホーンは、ロンドンとオクスフォードのギグでYESに合流—36年前の「Drama」ツアー以来初

トレバー・ホーンは、今度の英国ツアーの2つのショーで、YESと共にステージに立つ。

1980年の「Drama」アルバムで、トレバーはジョン・アンダーソンからボーカルを引き継ぎ、7ヶ月後の1981年にプログレを代表するこのグループを離れた。

5月9日のオックスフォードのニュー・シアター、そして5月10日のロンドンのロイヤル・アルバート・ホールのYESによるショーで、ギタリストのスティーヴ・ハウ、ドラマーのアラン・ホワイト、キーボード奏者のジェフ・ダウンズ、ベーシストのビリー・シャーウッド、そしてフロントマンのジョン・デヴィソンに加わることになる。

バンドは、「Drama」、それに1971年の「Fragile」全曲をショーで演奏する。ホーンは、英国モンモスのロックフィールド・スタジオでYESとリハーサル中である。

ギタリストのスティーヴ・ハウは、「『Drama』全曲を演奏するのは初めてになる、そしてほとんどの曲は30年演奏していない」と語っている。

今月後半にグラスゴーのロイヤル・コンサート・ホールで始まるバンドの欧州ツアーに加えて、YESは、7月に米国でショーを行う。こちらでは、「Drama」に加えて、1973年の「海洋地形学の物語」の1面と4面を演奏する。

▼元記事
http://teamrock.com/news/2016-04-26/trevor-horn-to-join-yes-for-two-uk-shows


2016年3月27日日曜日

[オリジナル記事]ヘドバン#10のプログレ特集に対抗した'70年代プログレの名盤15+α (その1)

ヘドバン#10がベビメタちゃん特集に加えて、プログレ特集+エクストリーム・メタル特集までやってくれてありがたいのだけれど、セレクションにはいろいろ突っ込みたいところがあるので、自分で選んでみました。

PINK FLOYD:The Dark Side of the Moon

ネットにBest Ever Albums (http://www.besteveralbums.com/)というサイトがあるんだけど、一位はRadioheadが人気とはいえ、こういうのに同時代のバンドが投票で上位にくるのは世の常なのに、その中で'70年代にリリースされたTHE BEATLESでも、NIRVANAでもPEARL JAMでもなく、プログレのこれが常に2位にランクされているのはすごい。好き嫌い以前にZEPPの2枚目とかDeep PurpleのMade in Japanとか、とりあえず聞いているのが前提というアルバムの一つ。BABYMETALファンなら、TimeとかThe Great Gig in the Skyあたりは気に入るんじゃないかな。

https://www.youtube.com/watch?v=Z-OytmtYoOI

KING CRIMSON: Larks' Tongues In Aspic

まあ「宮殿」と「レッド」が入ってるんでいいじゃんという意見もありそうだが、でもリフというので考えるとやっぱり、Larks' Tongues in Aspic Part 2のリフに尽きるんだよねえ。宮殿はMoonchildが少しジャズっぽすぎるのと、レッドは(好きなんだが)Providenceが取っつきにくいと考えると、やっぱりこちらが分かりやすいと思うんだよね。ベビメタ・ファンなら、Part 2だねえ。
https://www.youtube.com/watch?v=znvPTMf18S0

GENTLE GIANT: In a Glass House

「Octopus」もいいんだけど、やっぱりこっち。一つには入りやすいというのがあって、冒頭のThe Runawayのシャレにならない複雑な演奏とそれでいてポップな感覚というのはこのへんのバンドが走りなんだよねえ。ブルース、カントリー、古楽、ハード・ロック、ジャズもう何でもあり。ライヴでは楽器持ち替えの大技が楽しめます。全員アカペラだの全員パーカッションだの大技大会。

https://www.youtube.com/watch?v=r46aOKsFm5U

YES: Close to the Edge

「こわれもの」でもいいんだけど、やっぱりアルバムとして聞くとソロ曲の部分がちょっとつまらなかったりするので、まとまりの良さではやはりこっちを。"危機"のパイプ・オルガンをバックにしたヴォーカルとか感動的だし、しっかりロックしているのがいい。Steve Howeのギターはブルース色が薄く、カントリー、フォーク、ジャズなんかがルーツでそこがとてもユニーク。あとクリス・スクワイアのベースは一度は聞くべき。この人とジョン・エントウィッスル(The Who)がリード・ベースという道を拓いたんだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=J2Kcs4Xmb8k

MAGMAやAMON DUUL IIはさすがにメインに出てくるのはどうかなとは思うけど(^-^; もちろん好きなんだけど。影響力を考えたらCANあたりだろうなあ。

次はベスト15考えます。


2016年3月14日月曜日

2016年3月13日 リック・ウェイクマンのツイート(訳)

From Rick, "Steve Brant kindly tweeted this photo of myself and Keith and it is devastating what has happened and I heard the news shortly after it had happened and that was just before going on stage with my son Adam. Keith and I always got on great and had tried on numerous occasions to produce an album together, but it never happened because of third parties interfering, which upset us both. We did jam together on a couple of occasions and knew we could have produced something quite special, but sadly that was never to be. My heartfelt love goes out to Mari and all the extended family. I will miss you. - Rick Wakeman"

リックより
「スティーヴ・ブラントが親切にも私とキースのこの写真をツイートしてくれた。起こったことはものすごいショックで、私はこの知らせを息子のアダムとステージに上がる直前に聞いたんだ。キースと私はいつも仲が良く、何度となくアルバムを一緒に作ろうとしたのだが、第三者が干渉するせいで実現しなかった。このことで二人とも困っていた。私たちは二、三度一緒にジャムを行ったことがあるので、何か特別なものを生み出すことが出来たのは分かっていたが、悲しいかな実現しなかった。マキ、そしてご親族にお悔やみを。君がいなくてさみしくなる。リック・ウェイクマン」

2016年3月13日日曜日

デイリー・メイル紙 キース・エマーソンの自殺についてのGFのコメント

ELPのスター、キース・エマーソンは「ファンのために完璧な演奏ができなくなって自分を撃った」

ロック・スター、キース・エマーソンが自殺したのは、ミュージシャンとしてもう十分ではなくなったと恐れていたからだと、ガールフレンドが、昨晩デイリー・メイル紙のみに語った。

71歳のEMERSON, LAKE & PALMERのオリジナル・メンバーでキーボード奏者、エマーソンは、神経の損傷によって、演奏能力が影響を受けていたことから、予定されていた日本でのコンサートについて「心配して悩んでいた」とマリ・カワグチは語った。

カワグチは、金曜の早朝、ロサンジェルス、サンタモニカで二人がシェアしていたアパートに戻って、エマーソンの遺体を発見した。

エマーソンは、護身用に保持していた銃で自殺していた。

カワグチ(52歳)は、「キースは木曜の夜、気分が悪かった。気管支炎だったので、ベッドに寝かせた」と語る。

私が出かけた時には寝ていたので、戻った時にもまだ寝ているのだろうと思った。でもそれから何が起こったのかを理解した。キースは行ってしまった。私はまだひどいショックを受けている」

「彼の右手と腕は、長年に渡って問題を起こしていた。痛んだ筋肉を取り出すために数年前に手術を受けたが、右手の痛みと神経の問題は悪化する一方だった。」

「キースは、日本でコンサートを予定していて、サポートのバックアップ・キーボード奏者を雇っていたが、キースは心配していた」

「キースはオンラインですべての批判を読んでおり、感受性が強かった。昨年、コンサートを行ったが、人々は「もう演奏は止めて欲しい」といった心ないコメントをポストしていた。」

「自分の演奏力が不十分ではないかと心配し苦しんでいた。日本公演のあとで引退するつもりだった。」

「ファンを失望させたくなかった。完全主義者であり、自分が完璧に演奏できないと考えて、落ち込み、神経質になり、心配していた。

ドラマーのカール・パーマ−、ヴォーカリスト兼ギタリストのグレッグ・レイクと共に結成したELPは、'70年代のプログレッシヴ・ロックの巨人だった。ヒット・アルバムには「恐怖の頭脳改革」や「展覧会の絵」がある。

▼元記事
http://www.dailymail.co.uk/news/article-3489624/ELP-star-Keith-Emerson-shot-no-longer-perform-perfectly-fans.html#ixzz42mn1we48


ブライアン・メイのキース・エマーソンへの別れの言葉

RIP キース・エマーソン

素晴らしい鍵盤奏者、キース・エマーソンが昨日自ら命を絶ったと聞き、胸つぶれる思いだ。

あのような人生が、このような苦痛と絶望の中で終わりうるとは何とひどいことだろう。

私は、キースのことを本当にファンとしての視点でのみ知っている。確かに何度か話したことはあるけれども。

ティム・スタッフェルと私は、よくTHE NICEを見に行った。たしか1969年頃だったと思うが、ウォードア通りの懐かしいマーキー・クラブでほぼ毎週。

THE NICEは真の「進歩的な」グループで、私たちはぞくぞくした。「The Thoughts of Emerlist Davjack」というメンバーの名前の一部を組み合わせたアルバムをリリースしていた。デイヴィー・オリストはとても変わっていて革新的なギタリストだった。ブリンキー・デヴィドスンは派手なドラマーだった。でも一番圧倒的だったのがキース・エマーソンで、ハモンド・オルガンの上にそびえ立つ名手だった。バンドはロックとクラシックの影響を融合した独自のマテリアルを多く書いていたが、当時のショーのクライマックスは、独自に解釈したウェスト・サイド物語の"America"だった。これは「ロック仕立ての」ど派手な演奏で、どんどん盛り上がっていくエマーソンによるソロでクライマックスに達する。その時、エマーソンは、ものすごい肉体的な情熱の演奏家として、物理的に楽器と格闘していた。まとめれば、即興の中で連続するドローンを創り上げ、鍵盤を固定するためにナイフを突き刺していた。素晴らしいバンドで、彼は圧倒的なスターだった。THE NICEは解散し、キースはスター・ドラマーのカール・パーマー、そしてトップ・ベーシストのグレッグ・レイクと組、EMERSON LAKE AND PALMERは、最初のスタジアム・バンドの一つとして歴史を作っていくことになる。

その頃には、私たちもロードに出るようになっていたので、彼らが何をやっているのかそれほど意識していたわけではない。でも残りの世界のほとんどは知っていた。

安らかに眠れ、キース

敬意を込めて。今でも誇りを感じてくれていることを祈る。

ブライアン


2016年3月12日土曜日

Jazzfm パーカッション奏者、ナナ・バスコンセロス死去

ブラジルを代表する最高のミュージシャンの一人であるナナ・バスコンセロスが、サンパウロの市立病院で亡くなった(71歳)。7ヶ月前に肺がんと診断されていた。

バスコンセロスは、ペルナンブーコ州レシフェの出身で、政治家、アーティスト、友人が共にその死を悼む中、同州知事は、3日間の服喪を宣言した。1973年以来、25枚を超えるアルバムをリリースしており、パット・メセニー、ドン・チェリー、エグベルト・ジスモンティ、そしてガトー・バルビエリなどと共に名盤を残している。何世代にも渡るミュージシャンに影響を与えてきた。

パット・メセニーのフェイスブック・ページは、「パーカッションの巨人、ナナ・バスコンセロスが亡くなったことに大きな悲しみを覚える。ナナは'80年代前半の数枚の重要なレコード、そして数多くのツアーで、パットの音楽に大きな役割を果たした。」パットは「この音楽界で最高のパーカッショニストであるばかりでなく、ナナは驚くほど素晴らしい人間だった。(いつも肩にビリンバウを載せて)どこに行っても友人を作り、周囲の人間にも喜びが広がっていった。ナナの笑いは人にうつり、どのような状況でも幸せをもたらすその能力は会場全体に広がっていった。そして本当に信じられないようなミュージシャンだった。エレクトリックな音楽にどんどん向かっていくに従い、自然なサウンドのバランスが重要だと感じたが、ナナはそれを完璧なかたちで与えることが出来た。声の使い方も含めて。本当にナナがいなくなって寂しいよ!」

ロンドンのオーディエンスは、ナナのステージ、特にオーディエンスも参加して、アマゾンの熱帯雨林のような自然音を呼び出せることについて、懐かしく想い出すだろう。ナナはパーカッションの達人で、特にブラジル独自の楽器、ビリンバウの演奏で知られる。

▼元記事
http://www.jazzfm.com/news/music-news/percussionist-nana-vasconcelos-dies/

Classic Rockから EMERSON, LAKE AND PALMERのキース・エマーソン死去

EMERSON, LAKE AND PALMERのオリジナル・メンバーである巨匠、キース・エマーソンが亡くなった。長年に渡るバンド仲間のカール・パーマーは、キースがカリフォルニア州サンタモニカで昨晩(3月10日)死去したと語った。あとでELPもこのニュースを確認している。死因は明らかにされていない。享年71歳。
「キースは音楽を愛と情熱に満ちた優しい人物で、キーボード奏者としての彼の演奏は、今後何年も誰にも真似の出来ないもののままとなるだろう」とパーマーは語った。「キースは先駆者であり、革新家で、その音楽的天才は世界中のロック、クラシック、そしてジャズの世界のあらゆる人間を感動させてきた。

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Keith Emerson of Emerson Lake and Palmer Dies

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